浸炭とは?浸炭組織の特性や浸炭処理の種類、特徴を解説

浸炭とは?浸炭組織の特性や浸炭処理の種類、特徴を解説。

浸炭処理はおもに低炭素鋼の表面硬度を向上させて、耐摩耗性を改善する目的で利用されています。
浸炭処理を行った金属は表面に炭素組織が増加するため、焼入れ・焼戻しをすると表面が硬化します。
また硬化した表面に比べて、内部の硬度が上がらずに靭性を保有するため、表面層は耐摩耗性、内部は耐じん性を兼ね備えて、衝撃で破損しにくい特徴があります。
この記事では重機や機械部品などに多く用いられている浸炭処理について、その特徴や種類、用途などを中心に解説を行うとともに、特殊な浸炭処理についても紹介します。

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浸炭処理とは

浸炭処理とは、浸炭性ガス雰囲気中で鋼を高温に加熱し、鋼表面から炭素を侵入、内部に拡散させて炭素を固溶させる表面熱処理方法です。
多くの場合は、鋼の表面に炭素を拡散させた後、焼入れを行います。
炭素鋼を高温に加熱すると組織が変態し、オーステナイト組織が形成され、浸炭ガス雰囲気内の炭素が内部へ侵入し、その後の焼入工程により表面層は硬く、内部は硬化した表面と異なり炭素量が低い状態で保たれるため、靭性を保持できる性質を持ちます。
そのため耐摩耗性が向上できるうえに柔軟な組織を保つことで耐衝撃性を損なわないメリットがあります。
一方、鋼に含まれる炭素量に比例して表面硬さが増加しますが、表面炭素量が約0.8%を超えると焼入時に残留オーステナイトが増えて焼入硬さが低下するため、表面炭素量が約0.8%になるように浸炭処理をします。
浸炭処理は表面処理の硬化法のうち代表的なもので自動車部品や機械部品など高い剛性が求められる製品によく用いられます。なかでも耐摩耗性、耐疲労性が求められるギヤやシャフトなどの駆動部品、エンジン、クラッチ、トランスミッションにも利用されています。

窒化処理との違い

代表的な鋼の熱処理には、浸炭処理のほかに窒化処理があります。
どちらも鋼の表面を加熱して処理しますが、窒化処理では窒素を鋼表面に拡散浸透させるのに対して、浸炭処理では炭素を鋼表面に拡散浸透させます。
いずれの方法も鋼表面の硬度を上げて、耐摩耗性が向上できるため、自動車のエンジン部品や機械の軸受けなど連続的な摩擦を受ける部品に使用されます。
表面硬度や寸法精度などに違いがあるため、部品の用途によって処理方法を選択する必要があります。
浸炭処理は処理温度が比較的高く、850℃~1050℃で処理するのに対して、窒化処理では400℃~600℃で処理を行います。
浸炭処理は処理温度が高いため、有効硬化層が深く、耐衝撃性に優れていますが、高温加熱した際に材料の変形が発生する可能性があります。耐衝撃性にも優れているという特性を生かして衝撃荷重がかかるエンジンやクラッチ部品、機械の軸受けなどに用いられています。
窒化処理は浸炭処理に比べて低温で処理するため、形状変化が少なく精度を求める部品に適しています。
一方で硬化層の深さは0.1mm程度までしか得られないため、あまり大きな衝撃を受けないエンジンのシリンダーやポンプやコンプレッサー部品などに使われています。

有効硬化層[mm] 硬度[HV] 温度[℃] 歪み
浸炭 0.5~2.0 620~780 850~1050
窒化 0.1~0.5 1000 400~600

浸炭組織について

浸炭後の金属組織は、炭素を処理品の表面から内部へ拡散浸透させているため、表面と内部では組織が異なります。また、材料そのものの強度、熱処理時の硬度、冷却、焼入れなどでも浸炭層の組織は影響されます。

浸炭層の硬さ

浸炭層の硬さはオーステナイト中の溶解炭素量に比例します。炭素量を増加すると硬化は増していきますが、一定の比率を超えると硬化は低下していきます。鋼種によりますが、炭素濃度(炭素量)が0.5~0.8%以上になると、残留オーステナイトが多く生成されて表面の硬度が下がります。
処理量の表面硬さを高くするためには残留オーステナイト量を伴わずに最適な表面炭素量にすることがポイントとなります。

浸炭層の深さ

浸炭層の深さは、有効浸炭硬化層深さと表し、ピッカーズ硬さ試験で、表面から550HVまでの距離を定義しています。浸炭深さと浸炭硬化層深さは必ずしも一致するわけではなく、処理品の特性、浸炭や焼入れの条件により変化します。また、設定炭素濃度、浸炭温度のズレや保持時間不足、炉内温度不均一などが原因で目標とする数値が得られないこともあります。
有効硬化層深さの位置に置ける炭素量を0.4%と設定する場合が多く、基準値として活用されています。

浸炭温度

浸炭温度は一般的に900~950℃とされていますが、目的や用途により使い分けられています。
また、浸炭サイクルは浸炭時間と拡散時間で形成されます。
浸炭時間の短縮で高温処理をしたり、浸炭深さの調整で低温処理をしたりと調整する例もありますが、980℃を超えると処理品の結晶粒が粗大化する可能性があります。

適用鋼種

浸炭に期待される機械的性質について、浸炭部分は硬化された耐摩耗性。中心部は衝撃に耐えられる耐じん性です。日本工業規格(JIS B 6914)で規定されているとおり、浸炭の適用鋼種はとても多く、炭素含有量0.2%や焼入性保証鋼と呼ばれるH鋼などを選択する場合が多いです。

浸炭処理の種類とそれぞれの特徴

さまざまな浸炭処理の種類がありますが、代表的な処理方法は以下のとおりです。

  • ガス浸炭
  • 固体浸炭
  • 液体浸炭
  • 滴注浸炭
  • 真空浸炭
  • プラズマ浸炭
  • 高炭素浸炭

それぞれの処理方法について、特徴を紹介します。

ガス浸炭

ガス浸炭は、浸炭処理の中でもっとも一般的に用いられる方法で、雰囲気に浸炭性ガスを使用します。浸炭性ガスには、プロパンやブタンなど炭化水素系の原料ガスと空気を混合し、吸熱型変成ガスを生成して浸炭炉に導入します。この時に生成されたガスをキャリアガスと呼びます。
ガス浸炭の特徴には次のようなものがあります。

  • 炭素濃度を容易に調整することが可能
  • 均一に表面組織を形成できる
  • 大量生産に適している

浸炭温度は一般的に900~950℃の間とされていますが、浸炭層を深くするために1000℃付近まで上げることもあります。処理温度が高いほど、処理時間を短くできますが、980℃を超えて処理をすると処理品の結晶粒が粗大化する可能性があります。

固体浸炭

固体浸炭とは、浸炭する部品と浸炭剤、浸炭促進剤を耐熱鋼製の浸炭箱に入れて密閉して加熱します。冷却時は箱ごと行い、焼入時に処理品を取り出します。
通常、処理温度は880~950℃で行われますが、処理時間は処理物によって異なります。浸炭剤の熱伝導率が悪く、浸炭箱内の昇温時間差により硬化層にばらつきが生じることがあるため、加熱が不均一にならないように熱電対を事前に浸炭箱に挿入しておいて、実態温度測定を行う場合もあります。
固体浸炭は他の浸炭方法に比べて比較的簡単な設備で容易に処理できる特徴がありますが、炭素濃度を調整できないため、過剰浸炭を起こす可能性があります。また、処理量の多い場合にも向いていないため、特殊なものの処理や限られた条件下での処理に用いられることが多いです。

液体浸炭

液体浸炭は、シアン化ナトリウム(NaCN)を主成分とした溶融塩(ソルト)に浸漬して処理する方法です。
シアン化ナトリウムは、複雑な化学反応を繰り返して、CO、NがそれぞれFeと反応して浸炭と窒化が起こるため、浸炭窒化処理のひとつとして捉えられています。
一般には浸炭用として用いられることが多く、900℃前後ではほとんど浸炭反応のみですが、700℃以下では窒化処理が主体となります。また、850℃以上になると通常の浸炭処理と同様の表面組織が形成されるようになります。
しかし、浸炭剤が有害なため、排水処理設備の設置が法律で定められており、生産に用いるためのハードルが高いことから液体浸炭の利用は減ってきています。

滴注浸炭

滴注浸炭はメタノールなどの有機剤を直接浸炭炉に投下して有機剤の熱分解によって浸炭性の分解ガスを生成させた雰囲気ガスを用います。浸炭性ガスを使用して熱処理する浸炭方法はガス浸炭と同様です。
ガス浸炭と異なるところは、ガスの材料を直接炉内に滴下するため、変成炉は不要となり設備コストを抑えることはできますが、浸炭剤が高価になる傾向があります。

真空浸炭

真空浸炭とは、減圧浸炭とも呼ばれ、大気圧未満の状態で加熱後、おもにアセチレンなどの浸炭ガスを炉内に導入してガスと高温の処理物を接触させて浸炭する方法です。
通常のガス浸炭と異なる点は、吸熱型変成炉(RXガス)で生成したキャリアガスにメタンやプロパンなどのエンリッチガスを添加してカーボンポテンシャルを制御しながら浸炭を行いますが、真空浸炭はメタンやプロパンを直接炉内に導入して浸炭時間と拡散時間を設定することにより処理します。
減圧下で処理することによる特徴に以下の点があります。

  • 浸炭雰囲気中に酸素や水分がないため粒界酸化しない
  • ガス浸炭より高温で処理するため、浸炭時間を短縮でき、ほぼ同一の有効深さを得ることができる
  • 細かい形状や肉厚の違いが大きい形状でも均一に浸炭できる

設備面ではガス浸炭よりも熱処理炉が高価となる傾向があります。また、メタンやプロパンを使用すると炉内にススが堆積しやすいという点がありましたが、最近はアセチレンを使用することで回避できるともいわれています。

プラズマ浸炭

プラズマ浸炭とは、処理物を浸炭室に入れ、炭化水素系ガスの減圧雰囲気で処理品(陰極)と電極(陽極)の間に直流電圧を印加してプラズマ放電の一種である直流グロー放電を起こすことによって炭素を衝突侵入させて行う浸炭方法です。
プラズマ浸炭はイオン浸炭とも呼ばれ、以下の特徴があります。

  • 浸炭雰囲気中に酸素や水分がないため粒界酸化しない
  • 浸炭速度が速いため処理時間を短縮できる
  • ステンレス鋼や高マンガン鋼などの難浸炭材にも浸炭できる

プラズマを発生させる設備が必要となりますが、処理時間短縮、ガス量減少等のランニングコスト削減の面から今後利用の拡大が見込まれます。

高炭素浸炭

高炭素浸炭は、処理品の表面炭素量が2~3%となるように鋼に炭素を侵入させる処理方法です。炭素量を1%以上にするとオーステナイト量が多くなり、焼入れ硬さの低下や研削加工時に割れが生じたりするので、通常の浸炭処理の表面炭素量は0.8~1%の範囲に設定しますが、高炭素浸炭は意図的に炭素濃度を高めます。
高炭素浸炭には以下の特徴があります。

  • 表面硬度が高い
  • 耐疲れ性が大きい
  • 対面圧強度が大きい
  • 焼戻し抵抗が大きい

これらの特徴を活かして、歯車などの運転中に高負荷がかかり、表面温度が上昇する場合や耐摩耗性を必要とする部品に使われています。

特殊浸炭技術

炭素固溶拡散による表面硬化処理「パイオナイト処理」について紹介します。

▶パイオナイト処理
パイオナイト処理は、ガス活性化処理と低温ガス浸炭処理を組み合わせたエア・ウォーターNV独自の金属表面処理技術です。
オーステナイト系ステンレスの表面硬化処理で耐食性と耐摩耗性の両立を実現し、強靭で美しい鏡面のような外観仕上げとすることも可能なため、自動車部品や装飾品、生活用品など様々な分野で活用されています。

パイオナイトの原理

パイオナイトは500℃以下で金属のオーステナイト組織中に炭素を固溶拡散させる表面処理技術です。
パイオナイト処理はまず、ガス活性化処理によりオーステナイト系ステンレスの不働態皮膜を除去して、フッ化膜に置換します。
その後、フッ化膜を還元・除去し、活性化されたオーステナイト系ステンレス表面に炭素を侵入させて浸炭層を形成します。
活性化処理により低温でも安定した硬化層を形成、高い硬度と耐食性の維持を実現します。

パイオナイトの特徴

パイオナイトの特徴は、通常の浸炭処理とは異なり、金属組織の隙間に炭素が入り込む固溶拡散状態になるところにあります。
耐食性低下に繋がる炭化物を形成させず固溶拡散により硬さを上昇させているため、オーステナイト系ステンレスの優れた特徴である耐食性や非磁性を保ったまま耐摩耗性や耐久性を向上させることができます。
パイオナイトはオーステナイト系ステンレス表面の約20~30μmに安定した硬化層を形成させることにより、表面硬さはMHV700~900と母材の3~4倍程度まで上昇します。

パイオナイトがもたらす効果

パイオナイト処理をしたオーステナイト系ステンレスは、以下の効果が得られます。

  • 耐摩耗性
    窒化処理と同等以上の耐摩耗性を発揮
  • 疲労強度
    薄肉や小物部品の疲労強度を著しく高め、部品の長寿命化や自由度の高い設計が可能
  • 耐酸性
    強酸中や孔食が発生しやすい腐食環境でも使用可能
  • 鏡面の維持
    仕上げ加工の追加により、高い硬度で美しい鏡面を長期間維持可能
  • 靭性の維持
    メッキや窒化層に比べて靭性が高く、曲げによる剥離等の損傷を防止
  • 非磁性の維持
    非磁性を維持するため、精密機器や電装部品での使用が可能

パイオナイトのさらに詳しい情報はこちらのホームページでご確認できます。
エア・ウォーターNV株式会社

導入事例

用途に応じて焼入炉・焼戻炉としても使用できる多目的炉
~ ピット型滴注浸炭炉 ~

ガス浸炭、無酸化焼入、ガス窒化など用途に応じて使い分けができます

導入事例

仕様

炉形式 ピット型
有効寸法 φ900×H2500
温度 450~950℃
雰囲気 窒素、メタノール分解ガス、プロパンガス
処理物 金属材料(鉄系)
用途 浸炭、焼入れ、焼戻し
電気容量 240kW
処理量 3000kg/ch

特長

  • 有効寸法H2500のため長尺部品の熱処理も可能です
  • メタノールから浸炭ガスを炉内で生成して熱処理を行うことができます
  • 雰囲気ガスの変更が可能なため少量多品種の熱処理が可能です

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よくある質問

Q:浸炭処理と高周波焼入の違いは何ですか?

どちらの表面処理も硬度をあげて、耐衝撃性や耐摩耗性を向上させるために用いられます。
違いは浸炭処理が炉内で処理するのに対して、高周波焼入は炉外でコイルを使用して処理を行います。
そのため浸炭処理のほうがまとまった量を一度に処理できますが、高周波焼入れは単品で処理を行う必要があります。
また浸炭処理と高周波焼入には処理時間に違いがあります。
浸炭処理は炉内で数時間かけて処理を行い、炭素を侵入拡散させて表面硬度を増強します。
必要な焼入深さによって処理時間の調整が必要になります。
一方、高周波焼入は浸炭処理に比べて短時間で処理が完了します。
コイルに流す電流と加熱時間で焼入深さを調整できます。

Q:浸炭処理と高周波焼入れで使う材質の違いは?

浸炭処理に使う材質の例は以下の通りです。

  • SCM415
  • SCM420
  • SNCM420

高周波焼入に使用する材質の例は以下の通りです。

  • SCM435
  • SCM440
  • S45C
  • SK3
  • SUJ2
  • SUS420J2
  • SUS440Cなど

基本的には上記のように、材質によって処理方法を使い分けしますが例外があります。
例えばSCM415に浸炭処理と焼なましをした後に、高周波焼入を部分的に施す方法があります。
焼入れを入れたくない部分があるときに、このような処理方法を選択する場合があります。

まとめ

ここまで浸炭処理について、その特徴や窒化処理との違い、処理の種類について解説してきました。
浸炭処理は雰囲気ガス中の炭素を鋼に侵入させて、表面硬度を高めることで耐摩耗性が向上できます。
内部組織は変化しないので、靭性を保って曲げ応力を受けても簡単に破断しない特徴があり、耐摩耗性、耐疲労性が期待できる機械的性質があります。
一方で窒化処理に比べて高温処理をするので変形が大きくなる可能性もあります。
金属製品の表面処理について課題をお持ちの際は、是非、熱処理の専門メーカーにご相談ください。

エア・ウォーターNV株式会社

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著者 / サンファーネス編集部

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