09:アントワンの式と蒸気圧計算|バブリングによる炉内水蒸気導入のメカニズム

工業炉では、水蒸気を含ませた酸化性雰囲気(加湿酸化雰囲気)をつくるなどの目的で水蒸気(H₂O)を安定供給したいことがあります。ボイラーで発生させた蒸気を炉内に送る方法は、流量の微調整が難しく結露しやすい場合があります。そのため実務では、液体を一定温度に温め、そこへキャリアガスを通して水蒸気を含ませるバブリング(キャリアガス式供給)が多用されます。本記事では、その水蒸気量を求める基礎となるアントワンの式と蒸気圧計算、バブリング装置の設計を解説します。

用語ミニ解説 飽和蒸気圧  :液体と気体が平衡にあるとき、気体側が示す圧力のこと。温度が上がるほど大きくなる
アントワンの式:温度と飽和蒸気圧の関係を表す経験式のこと。係数ごとに適用温度範囲がある
キャリアガス :液体中に通して蒸気を含ませ、炉内へ運ぶためのガスのこと。N₂やArが使われる
分圧     :混合気体の中で、それぞれの成分が占める圧力のこと。
        たとえば、N₂とH₂Oの混合気体では、N₂の分圧とH₂Oの分圧がある
 
 

1. アントワンの式と液体の蒸気圧

Point!温度と蒸気圧の関係式。ただし定数A・B・Cは『どの物質か』『どの単位か(kPa/mmHg)』で必ず変わります
 
密閉容器の液体は一部が蒸発し、やがて蒸発と凝縮がつり合った状態、つまり気液平衡に達します。このときの気体側の圧力が飽和蒸気圧で、温度が上がるほど急激に大きくなります。この温度と飽和蒸気圧の関係を近似するのが、アントワンの式です。

log₁₀(P) = A − B / ( t + C )

  • P:飽和蒸気圧 / t:液体の温度(℃)
  • A, B, C:物質ごとに固有のアントワン定数

▲ 飽和蒸気圧の温度依存(指数的増加)の概念図

最重要の注意:定数と単位はセットアントワン定数は、『物質』『圧力の単位(kPa か mmHg か)』『温度範囲』がセットで決まります。

単位の違う定数を混ぜると、計算結果が桁違いにずれる場合があります。出典(NISTやデータブック)に明記された単位・適用温度範囲を確認してから使います

 
豆知識|富士山頂ではお湯が早く沸く標高が高い山の上では気圧が下がるため、水は100℃を待たずに沸いてしまいます。富士山頂ではおよそ88℃で沸騰するといわれ、ご飯が芯まで炊きにくくなります。これは、水の蒸気圧が低い周囲圧力に達した時点で沸騰が始まるためです。
水が何℃で沸くかは、温度だけでなく周囲の圧力にも左右されます。
アントワンの式で求める蒸気圧も、この温度と圧力の関係を扱うための基本になります
 
 

2. 実務計算:水を50℃に温めたときの蒸気圧

Point!水を50℃にしたときの飽和蒸気圧は約12.3 kPa。アントワンの式で計算すると蒸気表(水と水蒸気の物性値をまとめた表)に近い値が得られます
 
水の標準的なアントワン定数(NIST/一般的なデータブック、圧力 mmHg・温度 ℃・適用範囲 −20〜100℃)は次の値です。
 
  • A = 8.07131
  • B = 1730.63
  • C = 233.426
 
バブリングタンクの温水を50℃に保ったときの蒸気圧Pを求めます。
 
  • 右辺   :07131 − [ 1730.63 / (50 + 233.426) ] = 8.07131 − [ 1730.63 / 283.426 ]
  • 割り算  :63 ÷ 283.426 ≒ 6.1061
  • 引き算  :07131 − 6.1061 = 1.9652
  • 対数の解除:P = 10^1.9652 ≒ 92.3 mmHg
  • kPaへ換算  :3 mmHg × (101.325/760) ≒ 12.3 kPa
検算(蒸気表との照合)50℃の水の飽和蒸気圧は、JIS Z 8806:2001の飽和水蒸気圧表で約12.35 kPa(=約92.5 mmHg)です。上のアントワン計算(約12.3 kPa)とよく一致します。全圧を標準大気圧(約101.3 kPa)とみなすと、水蒸気分圧は全圧の約12%に相当します
 
ひといきメモ|洗濯物が乾くのも分圧のおかげ洗濯物が乾くのは、まわりの空気にまだ水蒸気を受け入れる余地があるためです。湿度が高い日に乾きにくいのは、その余地が小さくなっているからです。バブリングでも同じように、キャリアガスに含ませられる水蒸気量は、液体の温度と飽和蒸気圧で決まります

 

3. バブリング供給(キャリアガス方式)のメカニズム

Point!温めた液体中にキャリアガスを通すと、その温度の飽和蒸気圧に応じた蒸気がガスに含まれ、炉内へ運ばれます
 

▲ バブリング(キャリアガス式)供給装置の概念図

バブリングは、一定温度(例:50℃)に保温した液体に、窒素やアルゴンなどのキャリアガスを通して気泡を立てる方式です。気泡が液中を抜ける間に、その温度での飽和蒸気圧に応じた蒸気が気泡内に入り、キャリアガスとともに炉内運ばれます。

キャリアガスに含まれる水蒸気量の計算(分圧の考え方)

炉へ送られる水蒸気の流量 QH₂O は、キャリアガス流量 Qcarrier、タンク内全圧 Ptotal、蒸気圧 P の比で決まります。


QH₂O = Qcarrier × [ P / ( Ptotal − P ) ]

この計算では、タンク内全圧や分圧を正しく扱う必要があります。ゲージ圧と絶対圧、流量基準の考え方については、気体の圧力と単位換算の記事でも紹介しています。

 

タンク内が大気圧(Ptotal=101.3 kPa)、50℃の水(P=12.3 kPa)、窒素キャリアガスを10 L/minで流す場合:


QH₂O = 10 × [ 12.3 / (101.3 − 12.3) ] = 10 × (12.3 / 89.0) ≒ 1.4 L/min

結果の読み方水を50℃に保ち窒素を10 L/minで流すと、窒素ガスが約1.4 L/min相当の水蒸気を含んで炉内へ運びます。流量を増やすにはキャリアガス流量を上げるか、タンク温度を上げて蒸気圧Pを高くします
 
雰囲気ガスの種類によって断熱材の実効熱伝導率が変わる場合があります。炉内雰囲気と断熱計算の関係については、雰囲気ガス中での熱伝導率補正の記事でも紹介しています。
 
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4. 業界の標準:半導体製造装置でのバブリング

Point!液体原料を精密に温度管理し、キャリアガスで蒸気として供給する方法は、半導体製造装置でも使われる代表的な供給方式です
 
液体を温めてバブリングで気化供給する技術は、半導体製造装置(CVD・拡散炉など)でも中核の標準技術です。酸化膜・絶縁膜・金属膜の原料(TEOS=テトラエトキシシランや各種有機金属など)には、常温・大気圧で液体として扱われるものが多くあります。沸点まで加熱すると熱分解で劣化する恐れがあります。そこで、沸点以下の一定温度に精密制御した恒温槽にセットし、アルゴンなどでバブリングして、アントワンの式で求めた蒸気圧に基づいて、一定濃度の原料蒸気をウエハへ運びます。
 
安全上の注意キャリアガスや原料には可燃性・有害・自然発火性のものがあります(水素・有機金属など)
リーク・着火源・排気・除害、配管の保温(結露防止)を含めた安全設計を必ず併せて行ってください
 
ちょっとしたお話|半導体工場は水の管理が命 最先端の半導体づくりでは、ごくわずかな水分や不純物でも成膜結果や歩留まりに影響するため、水の扱いは極めて厳格です。だからこそ、気化させて供給する量を温度で精密にコントロールします。蒸気圧の計算は一見すると地味ですが、最先端の製造現場を支える基礎のひとつです
 
 

5.よくある質問

業界や用途によって答えが異なる場合もありますが、バブリングによる水蒸気導入や蒸気圧計算を行ううえで、よく確認されるポイントを紹介します。

Q1.アントワンの式を使うときに、まず確認すべきことは何ですか

アントワンの式では、使用する定数A・B・Cが、物質、圧力単位、適用温度範囲とセットで決まっています。水、アルコール、有機溶剤など、物質が変われば定数も変わります。また、圧力単位がmmHgなのかkPaなのかによっても使う値が変わります。計算前には、出典に記載された単位と温度範囲を確認し、計算書内の単位をそろえておくことが重要です。

Q2.バブリングで導入する水蒸気量は、何で決まりますか

バブリングで同伴される水蒸気量は、おもに液温、キャリアガス流量、タンク内全圧で決まります。液温を上げると飽和蒸気圧が高くなり、キャリアガスに同伴される水蒸気量も増えます。また、キャリアガス流量を増やすことでも水蒸気量は増えます。ただし、配管や炉入口で温度が下がると結露するため、液温だけでなく配管保温や温度制御もあわせて検討する必要があります。

Q3.計算した水蒸気導入量と実際の炉内状態が合わない場合、どこを確認すべきですか

まず、液温が安定しているか、アントワン定数の単位と温度範囲が合っているか、タンク内圧力を絶対圧で扱っているかを確認します。次に、キャリアガス流量の基準がNl/minなのか実流量なのか、配管途中で結露していないか、炉入口まで保温されているかを確認します。バブリングは液温の変動がそのまま蒸気圧の変動につながるため、温調の安定性と配管条件の確認が重要です。

 

6.まとめ

気化供給では温度管理が設計の要になる

バブリングは大掛かりな蒸気発生器が不要で結露も管理しやすい、雰囲気炉の設計で有効な供給手法です。一方、式のとおり、液温が1℃ずれるだけでも蒸気圧Pは変わり、導入流量も変動します。設計では、液温をハンチングさせず一定に保つ温調設計とヒーター選定が重要になります。また、使用する定数は、物質・単位・温度範囲を確認したうえで採用します。

炉内に導入されたガスがどのように熱を運ぶかについては、工業炉の伝熱の基礎でも紹介しています。

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著者 / サンファーネス編集部

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