03:各種雰囲気ガス中における断熱材熱伝導率の補正計算

前回の記事では、工業炉の断熱層における温度勾配計算について、多層壁の熱貫流と外皮放熱のバランス、反復収束計算の考え方を解説しました。前回の計算では炉内の雰囲気を空気として扱いました。一方、実務の雰囲気炉では、水素(H₂)、アンモニア分解ガス(AXガス)、RXガス、アルゴン(Ar)など、空気とは性質の異なる雰囲気ガスを使うことが多くあります。本記事では、雰囲気ガス中での断熱材の熱伝導率を補正する考え方を解説します。

よくある落とし穴空気用の熱伝導率データのまま雰囲気炉の断熱計算をしてしまうと、鉄皮温度や断熱厚みの判断を誤る原因になります
 
用語ミニ解説 気孔率(空隙率)P :断熱材の体積に占めるすきま(空気・ガス)の割合のこと。0〜1で表す
実効熱伝導率   :固体部分・空隙のガス・放射をすべて含めた断熱材としての実際の熱の通りやすさのこと
AXガス/RXガス   :金属熱処理で使う変成ガスのこと。AXはアンモニア分解(H₂+N₂)、RXはCO+H₂+N₂が主成分
 
断熱材、特にセラミックファイバーや多孔質の耐火断熱れんがは、体積の大半(おおむね60〜90%)が空隙(くうげき)でできています。つまり性能のかなりの部分が空隙を満たす気体の熱伝導率で決まります。炉内ガスが空気から水素に変われば、断熱材の熱伝導率も大きく変化します。
 
 
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図1:定常状態では、炉壁を伝わる熱 Q1 と鉄皮から逃げる熱 Q2 が釣り合う。多層壁では熱抵抗 d/λ の大きい層ほど温度が大きく降下する

 

1. なぜ雰囲気ガスで熱伝導率が変わるのか

Point!断熱材内部の空隙を満たすガスも熱の通り道になります。ガスの熱伝導率が高いほど断熱材全体の熱伝導率も高くなります。特に水素は注意が必要です
 
断熱材の実効熱伝導率は、おもに固体部分を伝わる熱、空隙の気体を伝わる熱、高温域での放射の合計で決まります。このうち気体部分は空隙を満たすガスの種類に依存します。代表的なガスの熱伝導率(実測値)を比較します。
 
 
ガス 熱伝導率の目安 空気を1とした倍率
空気(基準) 0.024 W/(m·K)(0℃) 1(基準)
水素(H₂) 0.168 W/(m·K)(0℃) 約7倍
アルゴン(Ar) 0.016 W/(m·K)(0℃) 約2/3

 

数値の根拠代表的なガス物性表で、空気0.024/水素0.168/アルゴン0.016 W/(m·K)(いずれも0℃付近)。200℃でも水素は空気の約7倍を保ちます
 
水素のように熱を伝えやすいガスが空隙に入り込むと、すきまが断熱の役割を果たしにくくなり、むしろ熱の通り道になります。その結果、水素雰囲気では断熱材の熱伝導率が空気中より高くなります。。

図2:代表的なガスの熱伝導率。水素は空気の約7倍。空隙が水素に置き換わるとすきまが熱の通り道になり断熱性能が低下する

断熱性能の悪化幅と安全設計悪化の程度(熱伝導率が高くなり、断熱性能が低下する度合い)は気孔率と温度で変わります。後述の計算例(気孔率0.69)では熱伝導率が約1.6倍になりますが、気孔率の高いファイバーではさらに大きくなり得るため、2〜3倍などの固定値で扱うのではなく、条件に応じて確認する必要があります。
水素は可燃性で爆発範囲が広いガスです。断熱性能だけでなく、リーク・着火源・換気・パージなど安全設計を必ず併せて検討してください
 
豆知識|ヘリウムを吸うと声が高くなる理由 軽い気体ほど分子がすばやく動き回ります。ヘリウムを吸うと声が甲高く聞こえるのは、ヘリウム中では音が空気中の約3倍の速さで伝わるからです。これは、気体の種類によって音の伝わり方が大きく変わる身近な例です。実は熱の伝わり方にも気体の種類が関係します。水素やヘリウムのような軽い気体は空気より熱を伝えやすく、断熱材の気孔にどんなガスが入るかによって性能が変わるのも、こうした軽い分子の動きやすさが関係しています
 

2. 補正計算の基本式

Point!空気中における断熱材の熱伝導率に、空隙でガスが入れ替わることによる熱伝導率の差分を、気孔率に応じて加えます
 

λ_in_GAS_A = λ_in_AIR + P × ( λ_GAS_A − λ_AIR )

  • λ_in_GAS_A:ガスA中での断熱材の熱伝導率(求めたい値)
  • λ_in_AIR:空気中での断熱材の熱伝導率(カタログ等の既知値)
  • P:断熱材の気孔率(0〜1。例:69%なら0.69)
  • λ_GAS_A:ガスA自体の熱伝導率 / λ_AIR:空気自体の熱伝導率

考え方はシンプルです。空気中での値を基準に、空隙部分(P)で空気がガスAに入れ替わった分の増減(λ_GAS_A − λ_AIR)を気孔率に応じて加える式です。気孔率が高いほど、ガス入れ替わりの影響を強く受けます。

図3:雰囲気補正式の構造。空気中の値 λin_AIR に、空隙でガスが入れ替わった分の差を「気孔率Pの割合だけ」加算する

補正式と数値は概算モデル | 実設計ではメーカー資料を確認この補正式は断熱材メーカー等で実務的に使われる簡易モデルです。本記事の数値は説明用の概算モデル値であり、放射成分や温度依存を厳密に含むものではありません。実設計では、使用する断熱材メーカーの一次データ(雰囲気補正のグラフ・係数)を確認してください
 
ひといきメモ|セーターが暖かいのは空気の力セーターや羽毛布団が暖かいのは繊維自体ではなく、その隙間に閉じ込めた動かない空気のおかげです。空気は意外と熱を伝えにくい優秀な断熱材なのです。耐火断熱れんがも同じ発想で、たくさんの気孔に空気を抱え込んで熱を通しにくくしています
 

 

3. 混合ガス(RX・AX等)の熱伝導率

Point!混合ガスは、体積比の単純平均だけでは算出できません。分子量・粘度を考慮した理論式やメーカーデータを使います
 
よくある間違い各ガスの熱伝導率を体積比だけによる加重平均(比例計算)で求めること。軽いガス(H₂)と重いガス(N₂)が混ざると、単純比例から大きくずれます
 
純水素100%や純アルゴン100%なら、物性表の値をそのまま代入できます。RXガス(CO+H₂+N₂)やAXガス(H₂約75%+N₂約25%)のような混合ガスでは、各ガスの分子量・粘度・モル分率を用いた理論式(混合気体の熱伝導率式)を使う必要があります。実務では変成ガスの熱伝導率グラフや専門の熱計算ソフトを使うのが一般的です。
 
 

4. 計算例(耐火断熱れんが、気孔率P=0.69)

Point!水素リッチなガス中では、例のれんがで熱伝導率が約1.6倍に。これを温度勾配計算に入れて初めて正しい鉄皮温度が出ます
 
気孔率P=0.69の耐火断熱れんがを例に計算します(数値は説明用の概算モデル値)。
  • 空気中の熱伝導率:λ_in_AIR = 0.480
  • 気孔率:P = 0.69 / 空気の熱伝導率:λ_AIR = 0.069
  • ガスAの熱伝導率:λ_GAS_A = 0.485(水素を多く含む還元ガスを想定)

λ = 0.480 + 0.69×(0.485−0.069) = 0.480+0.287 = 0.767

図4:気孔率0.69の耐火断熱れんがの計算例。空気中0.480が水素リッチで0.767(約1.6倍)に。補正後の値を記事02のΣ(d/λ)に代入して正しい鉄皮温度を求める

結果の読み方水素リッチなガス中では、このれんがの熱伝導率が空気中(0.480)の約1.6倍(0.767)に悪化(熱を通しやすくなり、断熱性能が低下)します。この補正後の値を記事02で紹介した熱貫流式 Σ(d/λ) による計算をすることで、初めて実際の雰囲気ガス条件に近い温度勾配や鉄皮温度を求められます
 
ちょっとしたお話|断熱材の中身は7割が空っぽ(空隙)気孔率0.69とは、れんがの体積の約7割が空洞で占められている状態を表します。中身が詰まっていないように感じますが、その空洞、つまり空隙こそが断熱性能を支える主役です。ところが雰囲気炉では、その空隙に空気とは異なるガスが入り込みます。水素のように熱を通しやすいガスが空隙を満たすと、空気中のカタログ値だけでは実際の断熱性能を判断しにくくなります。空気前提の値をそのまま使えない理由が、この空っぽに見える部分にあります
 
 

よくある質問

大気中の熱伝導率データを、そのまま雰囲気炉の計算に使ってもよいですか

炉内雰囲気が大気と異なる場合は、そのまま使わない方が安全です。セラミックファイバーや耐火断熱れんがなどの多孔質断熱材は、内部に多くの空隙を含んでおり、その空隙を満たすガスの熱伝導率によって実効熱伝導率が変わります。水素のように熱を伝えやすいガスを使う場合は、大気中のカタログ値を基準に、気孔率とガスの熱伝導率差を考慮した補正が必要になります。

RXガスやAXガスなどの混合ガスは、体積比で単純に平均すればよいですか

混合ガスの熱伝導率は、各成分ガスの熱伝導率を体積比で単純に加重平均して求めるものではありません。水素のような軽いガスと、窒素や一酸化炭素などが混ざる場合、分子量や粘度の影響により、単純な比例計算とはずれることがあります。RXガスやAXガスを使う場合は、混合気体の熱伝導率式、変成ガスの物性データ、または専門の熱計算ソフトを使って確認することが大切です。

水素雰囲気では、断熱材を厚くすれば鉄皮温度の問題は解決できますか

水素を含む雰囲気では、空気中の熱伝導率データをそのまま使わず、ガスの熱伝導率差と断熱材の気孔率を考慮して補正することが大切です。水素は空気より熱を伝えやすいため、断熱材の空隙を通じて熱が伝わりやすくなり、鉄皮温度の計算結果にも影響する場合があります。また、水素は可燃性のガスであるため、断熱性能だけでなく、リーク、着火源、換気、パージなどの安全設計もあわせて確認する必要があります。

 

まとめ:

雰囲気炉の断熱はガス熱伝導に左右される

  • 断熱材(特にファイバーや断熱れんが)の体積の大半は空隙(ガス)
  • 水素など熱を伝えやすいガスが満ちると、気孔率に応じて断熱性能が悪化する
  • 空気用の値にガスの熱伝導率差を気孔率の割合だけ加算する補正を行う
  • 混合ガスは単純な体積比平均ではなく、分子量・粘度を考慮した理論値やメーカーデータを使う

雰囲気ガスによる変化を計算に織り込めば、水素雰囲気でも外皮が過熱しない安全な炉壁構造を設計できます。

 

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著者 / サンファーネス編集部

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